医師の退職金は、勤務先や働き方によって大きく変わります。
病院に雇用されている勤務医であれば、勤務先に退職金制度があるかどうかが重要です。一方、個人開業医の場合は、会社員のように勤務先から退職金を受け取る仕組みがないため、自分で老後資金を準備する必要があります。
この記事では、医師の退職金の仕組み、計算方法、税金、iDeCo・NISA・小規模企業共済などの制度活用、専門家へ相談するときのポイントをわかりやすく解説します。
医師の退職金の基本知識

医師の退職金には、全国共通の一律ルールがあるわけではありません。
勤務医は、勤務先の就業規則や退職金規程に基づいて退職金が支給されます。個人開業医は、自分自身が事業主であるため、退職金を勤務先から受け取るのではなく、iDeCoや小規模企業共済などを使って自分で準備するのが基本です。
医療法人の理事長や役員の場合は、役員退職金の設計が関係します。従業員としての退職金とは扱いが異なるため、税理士などへの確認が必要です。
令和6年の医師統計を見ると、医師の働き方は病院勤務、診療所勤務、診療所の開設者などに分かれています。退職金を考えるときも、「医師だから一律にいくら」と考えるのではなく、自分の立場に合う制度を確認することが大切です。
| 区分 | 令和6年の医師数 | 退職金を考えるときのポイント |
|---|---|---|
| 病院の従事者 | 219,393人 | 勤務先の退職金規程・企業年金制度を確認する |
| 診療所の従事者 | 111,699人 | 雇用されている勤務医か、開設者かで扱いが異なる |
| 診療所の開設者または法人代表者 | 70,046人 | 退職金制度よりも、自助努力や役員退職金設計が重要になる |
医師の退職金の仕組み|勤務医・開業医・医療法人役員で異なる
医師の退職金を考えるときは、まず自分がどの立場に該当するかを確認しましょう。
| 立場 | 退職金の考え方 | 確認する資料・制度 |
|---|---|---|
| 勤務医 | 勤務先に退職金制度があれば、規程に基づいて支給される | 就業規則、退職金規程、雇用契約書、企業年金制度 |
| 個人開業医 | 勤務先からの退職金はないため、自分で老後資金を準備する | iDeCo、NISA、小規模企業共済、預貯金、保険、資産運用 |
| 医療法人の理事長・役員 | 法人の役員退職金として設計できる場合がある | 役員退職慰労金規程、社員総会・理事会の決議、税務上の適正額 |
退職金制度は、法律上すべての勤務先に設置が義務付けられているものではありません。ただし、退職金制度を設ける場合は、適用される労働者の範囲、支給要件、金額の計算方法、支払方法、支払時期などを就業規則に記載する必要があります。
そのため、勤務医が退職金を確認するときは、「病院に退職金制度があるか」「勤続何年以上で支給されるか」「自己都合退職と定年退職で支給率が変わるか」を確認しましょう。
医師の退職金計算方法|勤務先の規程を確認する
勤務医の退職金は、勤務先ごとの退職金規程によって決まります。一般的には、次のような計算方法が使われます。
- 基本給連動型:退職時の基本給×勤続年数別の支給率
- ポイント制:役職・勤続年数・評価などで積み上げたポイント×単価
- 定額制:勤続年数や役職ごとにあらかじめ定められた金額
- 企業年金型:確定給付企業年金や企業型確定拠出年金などの制度に基づく給付
医師は転職や医局人事による異動が多い場合もあります。退職金は勤続年数に連動する制度が多いため、短期間で勤務先を変えると、年収が高くても退職金が大きくならないことがあります。
転職を検討している勤務医は、年収だけでなく、退職金制度、企業年金、福利厚生、将来のキャリアを含めて比較しましょう。
退職金の支払い時期と条件
勤務医の退職金の支払い時期は、勤務先の退職金規程で定められます。
「退職後〇か月以内に支払う」「定年時に支給する」「自己都合退職では勤続〇年以上が対象」など、条件は勤務先によって異なります。
確認すべき主な項目は、次のとおりです。
- 退職金制度の有無
- 支給対象となる雇用形態
- 最低勤続年数
- 定年退職・自己都合退職・解雇など退職理由による違い
- 退職金の計算方法
- 支払時期と支払方法
- 企業年金や確定拠出年金の有無
個人開業医の場合は、退職時に勤務先から退職金が支払われるわけではありません。事業をやめる時期、事業承継、診療所の売却、老後資金の取り崩し方を含めて、早めに準備する必要があります。
医師が退職金で注意するポイント

医師が退職金や老後資金を準備するときは、金額を増やすことだけでなく、税金、資金を使う時期、運用リスク、制度ごとの制限を確認することが大切です。
特に、iDeCo・NISA・小規模企業共済は税制上の特徴が異なります。どれも老後資金づくりに役立つ制度ですが、「退職金と同じ扱い」ではありません。
退職金の税金|退職所得控除を正しく理解する
退職金を一時金で受け取る場合、原則として退職所得として扱われます。
退職所得は、長年の勤務に対する給付という性格があるため、退職所得控除や2分の1課税により、給与所得より税負担が軽くなりやすい仕組みです。
退職所得=(退職金の収入金額-退職所得控除額)×1/2
※役員等としての勤続年数が5年以下の退職手当などは、2分の1課税が適用されない場合があります。
退職所得控除額は、勤続年数によって次のように計算します。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円×勤続年数 ※80万円未満の場合は80万円 |
| 20年超 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
たとえば、勤続年数30年で退職金3,000万円を受け取る場合、退職所得控除額は次のとおりです。
◆勤続30年、退職金3,000万円の場合
退職所得控除額:800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円
課税退職所得:(3,000万円-1,500万円)×1/2=750万円
所得税:750万円×23%-63.6万円=108.9万円
所得税・復興特別所得税:108.9万円×102.1%=1,111,869円
住民税の目安:750万円×10%=75万円
所得税・復興特別所得税・住民税の合計目安:約186万円
退職所得に係る住民税は、一般的な給与所得にかかる住民税とは異なり、退職金の支払い時に特別徴収されます。
なお、退職時に「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先へ提出していない場合、退職金の支給額に対して20.42%の所得税および復興特別所得税が源泉徴収されます。この場合でも、確定申告で精算できます。
iDeCo・NISA・小規模企業共済の違いを理解する
医師が老後資金を準備するときによく検討される制度には、iDeCo、NISA、小規模企業共済があります。
それぞれ税制上のメリットがありますが、使える人、資金を引き出せるタイミング、税金の扱いが異なります。
| 制度 | 主な対象 | 税制上の特徴 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| iDeCo | 加入要件を満たす勤務医・開業医など | 掛金は全額所得控除、運用益は非課税。 一時金受取は退職所得控除、年金受取は公的年金等控除の対象 | 原則60歳到達後に受給する制度。 途中で自由に引き出せる資金ではない |
| NISA | 18歳以上の個人 | 投資で得た配当・分配金・譲渡益が非課税 | 所得控除はない。 元本割れリスクがあり、退職所得控除の対象ではない |
| 小規模企業共済 | 個人事業主や一定の小規模企業の役員など | 掛金は全額所得控除。 共済金を一括で受け取る場合は退職所得扱い、分割受取は公的年金等の雑所得扱い | 個人医院は対象になり得るが、医療法人の役員は加入資格が認められていない |
特に注意したいのは、NISAとiDeCoの違いです。
NISAは運用益が非課税になる制度であり、掛金の所得控除はありません。一方、iDeCoは掛金の所得控除がありますが、原則として60歳到達後に受給する老後資金向けの制度です。
個人開業医の場合、小規模企業共済は「経営者の退職金」として検討しやすい制度です。掛金は月額1,000円から70,000円まで設定でき、全額が所得控除の対象になります。ただし、医療法人化して役員になる場合は加入資格に注意しましょう。
企業年金制度は勤務先に制度がある場合に確認する
勤務医の場合、勤務先に企業年金制度があるかどうかも確認しておきましょう。
企業年金には、主に確定給付企業年金(DB)と企業型確定拠出年金(企業型DC)があります。
| 制度 | 特徴 | 確認すること |
|---|---|---|
| 確定給付企業年金 (DB) | あらかじめ給付の算定方法が決まっている制度 | 受取方法、一時金・年金の選択、自己負担分の有無 |
| 企業型確定拠出年金 (企業型DC) | 拠出額と運用結果によって将来の給付額が決まる制度 | 勤務先の拠出額、運用商品、手数料、転職時の移換方法 |
企業年金制度は、勤務先に導入されている場合に利用できる制度です。勤務医であっても、すべての病院やクリニックで利用できるわけではありません。
また、企業型DCでは自分で運用商品を選ぶ必要があります。元本確保型の商品だけでなく投資信託を選ぶ場合は、リスクや手数料を理解したうえで判断しましょう。
退職金は「最大化」より手取り・流動性・リスクのバランスが重要
退職金や老後資金の準備では、単に金額を最大化することだけを目的にしない方がよいでしょう。
たとえば、iDeCoは税制上のメリットがある一方で、原則60歳まで自由に引き出せません。NISAは流動性が高い一方で、所得控除はなく、運用次第で元本割れする可能性があります。小規模企業共済は開業医にとって有力な制度ですが、加入資格や受取事由の確認が必要です。
制度を選ぶときは、次の順番で整理すると判断しやすくなります。
- いつまで働くか
- 退職後に毎月いくら必要か
- 公的年金や勤務先の退職金はいくら見込めるか
- すぐ使える預貯金をどのくらい残すか
- 運用に回してよい金額はいくらか
- 税金と手数料を差し引いた後の手取りはいくらか
医師は収入が高い時期がある一方で、開業資金、住宅ローン、教育費、医療機器の更新、事業承継など大きな支出が発生することもあります。退職金だけでなく、家計と事業の両方を見ながら計画を立てましょう。
専門家へ相談すべきポイント

医師の退職金や老後資金は、働き方、税金、事業承継、資産運用が複雑に関係します。
勤務医であれば、退職金規程や企業年金制度の確認が中心です。開業医や医療法人の役員であれば、小規模企業共済、役員退職金、相続、医院承継まで含めて考える必要があります。
自分だけで判断が難しい場合は、相談内容に応じて税理士、社会保険労務士、弁護士、IFAなどの専門家を使い分けましょう。
退職金・老後資金の必要額を見直す
まず確認したいのは、退職後に必要な資金です。
退職金の見込み額だけを見ても、老後資金が足りるかどうかは判断できません。公的年金、企業年金、iDeCo、小規模企業共済、預貯金、運用資産、ローン残高を一覧にして、退職後の収支を確認しましょう。
特に開業医の場合は、診療所の閉院費用、医療機器やリース契約、スタッフの退職金、事業承継の有無も考慮する必要があります。
想定より退職後資金が不足する場合は、働く期間を延ばす、生活費を見直す、制度を活用して積み立てる、運用方針を調整するなど、早めに対策を検討しましょう。
財務状況を家計と事業に分けて分析する
医師の中には、給与や診療報酬だけでなく、不動産、株式、投資信託、保険など複数の資産を保有している方もいます。
その場合、退職金だけを切り離して考えるのではなく、家計全体の資産と負債を整理することが重要です。
開業医であれば、家計と医院経営の資金を分けて管理しましょう。生活費に使う資金、税金や社会保険料の支払いに備える資金、診療所の運転資金、長期運用に回せる資金を区別すると、無理な運用を避けやすくなります。
投資商品を選ぶ前に、まずはキャッシュフロー表とバランスシートを作成し、どの資金がいつ必要になるのかを確認することが大切です。
相続・事業承継は税理士や弁護士との連携も必要
開業医や医療法人の理事長の場合、退職金の準備とあわせて相続・事業承継も検討しましょう。
個人医院を閉院するのか、親族へ承継するのか、第三者へ承継するのかによって、必要な準備は変わります。医療法人であれば、役員退職金の支給手続きや適正額、法人の資金繰り、後継者への引き継ぎも重要です。
役員退職金は、適正な額であれば法人の損金に算入できます。ただし、金額や手続きが不適切だと税務上問題になる可能性があります。
相続税、生前贈与、医院承継、役員退職金の設計は、税理士や弁護士などの専門家に相談しながら進めると安心です。
退職金を有効活用するためのIFAとは

退職金や老後資金の運用について相談したい場合、専門家の選択肢の一つにIFAがあります。
IFAは、独立系ファイナンシャル・アドバイザーと呼ばれ、顧客のライフプランやニーズに合わせて資産形成の提案や金融商品の売買取引の支援を行います。
ただし、IFAだけですべての税務・相続・法務の相談が完結するわけではありません。税務は税理士、法務は弁護士、社会保険や労務は社会保険労務士など、必要に応じて専門家を使い分けることが大切です。
IFAとは?
IFAとは、Independent Financial Adviserの略で、日本語では独立系ファイナンシャル・アドバイザーと呼ばれます。
金融商品仲介業者に所属するIFAは、証券会社などの金融商品取引業者と業務委託契約を結び、顧客に金融商品の提案や取引の実行支援を行います。
IFAに相談すると、退職金の使い道、運用方針、リスク許容度、NISAやiDeCoの活用、保険や相続を含む資産全体の整理について相談できる場合があります。
IFAが提供する主なサービス
IFAへ相談できる内容は、担当者や所属会社によって異なります。一般的には、次のような相談が想定されます。
- 退職金の使い道の整理:
生活資金、予備資金、運用資金に分けて考える - キャッシュフロー表の作成:
退職後の収入・支出・資産残高の見通しを確認する - NISA・iDeCoの活用相談:
制度の特徴や受取時期、税制上の違いを踏まえて検討する - 資産配分の見直し:
預貯金、投資信託、債券、株式などのバランスを確認する - リスク・手数料の確認:
金融商品のリスク、運用管理費用、販売手数料などを比較する - 専門家との連携:
税務、相続、事業承継、不動産などは必要に応じて別の専門家と連携する
退職金は一度に大きな金額を受け取ることがあるため、焦って運用商品を選ばないことが大切です。
まずは、数年以内に使う資金と長期運用に回せる資金を分け、生活に必要な現金を確保したうえで運用方針を決めましょう。
IFAに相談する前に確認すべきこと
IFAに相談する場合は、相談前に費用や取扱商品の範囲を確認しましょう。
「相談料が無料」と案内されている場合でも、金融商品の購入時や保有中に手数料が発生することがあります。また、提携している金融機関や取り扱える商品が限られる場合もあります。
相談前に確認したい項目は、次のとおりです。
- 相談料の有無
- 金融商品の購入時・保有中・売却時の手数料
- 提携している金融機関
- 取り扱える金融商品の範囲
- 担当者の登録状況や経験
- 税理士・弁護士など他士業との連携体制
医師の退職金は、勤務形態や資産状況によって最適な使い方が異なります。IFAへ相談する場合も、提案をそのまま受け入れるのではなく、複数の選択肢を比較し、自分の目的に合っているかを確認しましょう。
まとめ

医師の退職金は、勤務医、個人開業医、医療法人の役員で仕組みが異なります。
勤務医は、まず勤務先の就業規則や退職金規程、企業年金制度を確認しましょう。退職金は勤続年数や退職理由に左右されることが多いため、転職時には年収だけでなく退職金制度も比較することが大切です。
個人開業医は、勤務先から退職金を受け取る仕組みがないため、iDeCo、NISA、小規模企業共済などを活用しながら、自分で老後資金を準備する必要があります。ただし、医療法人の役員は小規模企業共済の加入資格が認められていないため、法人化を検討している場合は注意しましょう。
退職金には退職所得控除があり、税負担が軽くなりやすい仕組みがあります。一方で、役員退職金、企業年金、iDeCo、NISA、小規模企業共済は、それぞれ税金の扱いが異なります。
退職金や老後資金に不安がある場合は、税理士、社会保険労務士、弁護士、IFAなど、相談内容に合った専門家へ早めに相談しましょう。
専門家に相談することで、退職金の見込み額、税金、資産運用、相続、医院承継まで含めた現実的なプランを立てやすくなります。
出典
厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(公開日:2025年12月23日)
厚生労働省「モデル就業規則」(公開日:2025年12月1日)
国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
国税庁「No.2260 所得税の税率」
横浜市「課税の特例」
厚生労働省「iDeCoの概要」
金融庁「NISAを知る:NISA特設ウェブサイト」
中小機構「小規模企業共済制度の概要」
中小機構「小規模企業共済 加入資格」
中小機構「開業医には加入資格があるのに、医療法人を設立し役員に就任した場合に加入資格がないのはなぜですか。」
厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」
国税庁「No.5208 役員の退職金の損金算入時期」
厚生労働省 job tag「独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA) – 職業詳細」

