退職金を運用するか、預金のまま置いておくかで迷う人は少なくありません。
退職金は退職後の生活を支える大切な資産です。そのため、「減らしたくない」「投資で失敗したくない」と考えて、まず預金を選ぶのは自然な判断です。
一方で、退職後の生活期間が長くなるほど、物価上昇や医療・介護費、住宅修繕費などに備える必要があります。預金だけで十分か、退職金の一部を運用する必要があるかは、家計状況によって異なります。
アドバイザーナビ株式会社が55歳以上の退職者113名を対象に行った調査では、退職金を「一部運用している」と回答した人が39.8%、「全額預金している」と回答した人が38.9%でした。調査対象は限られますが、退職金の扱いは人によって分かれることがわかります。
この記事では、退職金を運用しない人の心理、運用しない場合の注意点、退職金を安全に活用する考え方、相談先について解説します。
退職金を運用しない人の心理
退職金を運用しない理由には、知識不足、損失への不安、手間への負担感があります。
ただし、退職金を運用しないこと自体が必ず悪いわけではありません。近い将来に使う予定がある資金や、生活費の土台になる資金は、預金など安全性の高い方法で保管することも大切です。
知識不足や情報過多による迷い
どのような方法が適切かわからなければ、退職金運用は始めづらいものです。
運用商品には、投資信託、債券、株式、不動産、金、保険などさまざまな種類があります。東京証券取引所の上場会社数だけでも、2026年5月21日時点で3,918社あります。
投資信託も多くの種類があり、資産運用業協会は投資信託に関する主要統計を毎月公表しています。商品数が多いことは選択肢が広いというメリットである一方、初心者にとっては「何を選べばよいかわからない」という迷いにつながります。
インターネットや金融機関から多くの情報が得られるほど、かえって判断が難しくなることもあります。退職金は一度に大きな金額を扱うため、情報を集めるだけでなく、自分の目的に合うかを整理することが重要です。
リスクへの恐れと安全志向
投資には、値動きによって資産が目減りする可能性があります。そのため、「退職金を投資に回して損をしたら取り返せない」と不安になるのは自然です。
特に退職後は、現役時代のように収入で損失を補いにくくなります。元本割れを避けたいと考え、預金を選ぶ人も多いでしょう。
預金には安全性があります。金融庁によると、定期預金や利息の付く普通預金などの一般預金等は、預金者1人あたり1金融機関ごとに元本1,000万円までと破綻日までの利息等が保護されます。
ただし、預金にもインフレによって実質的な価値が下がるリスクがあります。安全性だけでなく、将来の購買力も考える必要があります。
運用にかかる手間や時間の負担
運用を始めるには、口座開設、商品選び、購入手続き、運用状況の確認、資産配分の見直しなどが必要です。
退職後にゆっくり生活したい人にとって、投資商品の比較や相場確認は負担に感じられるかもしれません。
また、退職直後は生活リズムや収入構造が変わる時期です。そのタイミングで急いで退職金を運用しようとすると、十分に理解しないまま商品を選んでしまう可能性があります。
退職金運用は、急いで始めるよりも、まず「いつ使う資金か」「どの程度の損失までなら耐えられるか」を整理してから考えることが大切です。
退職金を運用しない場合の注意点
退職金を預金のままにしておくことは、元本を守りやすいというメリットがあります。
一方で、すべてを預金に置き続けると、物価上昇や長寿化によって資金が不足する可能性があります。ここでは、運用しない場合に確認したい注意点を整理します。
インフレによる購買力の低下
物価が上がると、同じ金額で買える商品やサービスは少なくなります。
総務省統計局の消費者物価指数では、2025年度平均の総合指数は2020年を100として112.3となり、前年度比2.6%の上昇でした。生鮮食品を除く総合指数は前年度比2.7%、生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数は前年度比3.0%上昇しています。
たとえば、年2%の物価上昇が20年続くと、現在の1,000万円と同じ購買力を保つには約1,486万円が必要になります。反対に、1,000万円を現金のまま置いておくと、20年後の実質的な価値は現在の約673万円分に近づきます。
預金は短期的には安心感がありますが、長期的にはインフレによって実質価値が下がる可能性がある点を理解しておきましょう。
老後資金が長期間にわたって必要になる
退職後の生活期間が長くなるほど、退職金をどう使うかが重要になります。
生命保険文化センターが総務省「家計調査」2025年平均をもとに整理したデータでは、夫婦ともに65歳以上の無職世帯の可処分所得は約22.2万円、消費支出は約26.4万円で、月約4.2万円の不足です。65歳以上の単身無職世帯でも、可処分所得約11.8万円に対して消費支出は約14.8万円で、月約3.0万円の不足となっています。
この不足分は、預貯金や退職金、企業年金、資産運用の取り崩しなどで補う必要があります。
退職金を運用しない場合でも、何年でどのくらい取り崩すのかを把握しておかないと、想定より早く資金が減る可能性があります。
資産形成の機会を逃す可能性がある
退職金の一部を長期で運用できる場合、複利効果を活用できる可能性があります。
複利効果とは、運用で得た利益を再投資することで、元本と利益の両方が次の利益を生む仕組みです。時間をかけるほど効果が出やすくなります。
ただし、退職金の全額を運用に回す必要はありません。生活費や近い将来に使う資金は預金で確保し、長期間使わない余裕資金だけを運用に回す考え方が現実的です。
預金だけではライフプランに合わない場合がある
預金は安全性が高い一方、大きく増えることは期待しにくい資産です。
医療・介護費、住宅修繕費、趣味や旅行、子どもや孫への援助など、退職後に必要なお金は人によって異なります。
退職金をすべて預金にしておく場合でも、「毎月いくら取り崩すか」「何歳まで資金がもつか」「物価上昇に対応できるか」を確認しましょう。
預金だけでは不足する可能性がある場合は、リスクを抑えた分散運用やNISAの活用を検討する選択肢があります。
退職金を活用する方法
退職金を活用するときは、「運用するかしないか」の二択で考えないことが大切です。
まずは、退職金を使う時期や目的ごとに分けましょう。すぐに使うお金まで運用に回すと、相場が下がったときに生活費を確保しづらくなります。
使うお金・守るお金・増やすお金に分ける
退職金は、次の3つに分けて考えると判断しやすくなります。
| 区分 | 目的 | 主な置き場所の例 |
|---|---|---|
| 使うお金 | 1〜3年以内の生活費、税金、住宅修繕費、医療費など | 普通預金、定期預金 |
| 守るお金 | 数年以内に使う予定がある資金、緊急時の予備資金 | 定期預金、個人向け国債など |
| 増やすお金 | 10年以上使わない余裕資金 | NISA、投資信託、債券、株式など |
退職金のすべてを運用する必要はありません。むしろ、退職後の生活費や緊急資金を確保したうえで、余裕資金の範囲で運用を検討することが重要です。
運用の基礎知識を身に付ける
退職金の一部を運用する場合は、最低限の基礎知識を身に付けましょう。
確認したいポイントは、次の通りです。
- 元本保証がある商品とない商品の違い
- 株式・債券・投資信託の特徴
- リスクとリターンの関係
- 手数料や信託報酬の仕組み
- NISAなど税制優遇制度の使い方
NISAでは、通常なら約20%の税金がかかる株式や投資信託などの売却益・配当・分配金が非課税になります。2024年からのNISAでは、非課税保有期間が無期限となり、年間投資枠は最大360万円、非課税保有限度額は最大1,800万円です。
ただし、NISA口座で投資しても元本保証があるわけではありません。制度のメリットだけでなく、投資商品のリスクも確認しましょう。
リスク許容度に合わせた運用方法を選ぶ
リスク許容度とは、資産が一時的に値下がりしたときに、どの程度まで受け入れられるかを示す考え方です。
退職金運用では、どれくらい増やしたいかよりも、どれくらいの損失なら生活に影響しないかを先に考えることが大切です。
リスク許容度は、次のような要素で変わります。
- 年齢
- 公的年金や企業年金の金額
- 退職金以外の資産
- 住宅ローンや借入金の有無
- 医療・介護費への備え
- 運用できる期間
値動きが大きい商品を選ぶほど、大きく増える可能性もありますが、大きく下がる可能性もあります。退職後の資産形成では、生活資金を守りながら、無理のない範囲で運用することが大切です。
専門家に相談して運用プランを立てる
退職金の活用方法を自分だけで判断するのが難しい場合は、専門家に相談する選択肢があります。
銀行や証券会社、FP、IFAなどに相談すると、資産状況やライフプランに応じた運用方法を検討しやすくなります。
ただし、相談先によって取り扱える商品、手数料、提案内容は異なります。相談前に、費用、提携金融機関、提案商品のリスクを確認しましょう。
IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)が解決できる悩み
IFAは、退職金を含めた資産運用について相談できる専門家の一つです。
厚生労働省の職業情報提供サイトでは、IFAは金融商品仲介業者として、顧客のライフプランやニーズに合った金融商品の選定、資産形成の提案、売買取引の支援などを行う職業と説明されています。
退職金運用でIFAに相談する場合は、次のような悩みを整理しやすくなります。
運用に関する知識を整理できる
IFAは、投資信託、ETF、債券、株式、NISA、iDeCoなど、資産運用に関する制度や金融商品について情報提供を行います。
退職金を運用しない理由が「何を選べばよいかわからない」という不安であれば、商品ごとのリスク、手数料、期待できる役割を整理することで判断しやすくなります。
ただし、IFAが提案する商品にもリスクはあります。説明を受けるだけでなく、元本割れの可能性、手数料、解約条件を必ず確認しましょう。
リスク許容度に応じた運用方法を検討できる
退職金運用では、リスク許容度を正しく把握することが重要です。
IFAに相談すると、現在の資産、年金見込額、毎月の支出、医療・介護費への備え、家族構成などをもとに、どの程度の資金を運用に回せるかを検討できます。
たとえば、生活費や緊急資金を預金で確保したうえで、長期で使わない資金だけを投資信託や債券などに分散する方法があります。
リスクをゼロにすることはできませんが、使う時期や目的を分けることで、退職金全体のリスクを管理しやすくなります。
ライフプランに合わせた退職金活用を相談できる
退職金は、運用するだけでなく、取り崩し方も重要です。
退職後の生活費、住宅ローン、医療・介護費、相続、旅行や趣味に使う資金などを考えると、退職金をどの順番で使うかによって安心感が変わります。
IFAやFPに相談すると、退職金、公的年金、企業年金、NISA、iDeCo、預貯金を含めた資産全体の使い方を検討できます。
ただし、IFAは金融商品仲介業者として証券会社などと業務委託契約を結んでいます。相談前には、金融庁の登録情報、提携金融機関、相談料、販売手数料、取り扱い商品の範囲を確認しましょう。
退職金を運用しない不安は正しい知識と方法で整理できる
退職金を運用しないことは、必ずしも間違いではありません。
近い将来に使う生活費や医療・介護費、住宅修繕費などは、預金など安全性の高い方法で確保しておく必要があります。
一方で、退職金をすべて預金に置いたままにすると、物価上昇による実質価値の低下や、長い老後生活での資金不足に直面する可能性があります。
大切なのは、退職金を一括で運用することではなく、使う時期や目的ごとに分けることです。
- すぐ使うお金は預金で確保する
- 数年以内に使うお金は安全性を重視する
- 長期間使わない余裕資金は分散運用を検討する
- 税金や社会保険料への影響も確認する
- わからない部分は専門家に相談する
退職金の運用に迷っている場合は、まず自分の生活費、年金見込額、退職金以外の資産、今後の支出予定を整理しましょう。
そのうえで、運用する必要があるか、どの程度なら無理なく運用できるかを判断することが大切です。
退職金の活用方法や運用方針に不安がある場合は、IFAやFPなどの専門家に相談し、自分のライフプランに合った方法を検討してみてください。
出典
PR TIMES「【退職金の使い方は?】退職金を運用に回している方は全体の約47%」(公開日:2023年2月17日)
総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2026年3月分及び2025年度平均」
公益財団法人生命保険文化センター「老後の生活費はどれくらい?」
金融庁「預金保険制度」
日本取引所グループ「上場会社数・上場株式数」
資産運用業協会「投資信託の主要統計等ファクトブック」
金融庁「NISAを知る」
金融庁「投資を行っている方へ」
国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」(公開日:2025年4月1日)
厚生労働省 職業情報提供サイト job tag「独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA)」
金融庁「免許・許可・登録等を受けている事業者一覧」

