退職金は法律で支払いが義務づけられた制度ではありません。しかし、就業規則や退職金規程に支給の定めがあれば、退職金は会社の恩恵ではなく労働者の権利として法的に保護されます。懲戒解雇や制度変更を理由に「退職金は出せない」と言われても、裁判では支給が認められている事例があります。
この記事では、退職金に関する法律上のルールを押さえたうえで、よくある5つのトラブル事例について、請求できるかどうかと対応法を解説します。
この記事でわかること
- 未払いの退職金を請求できる期間(支払日から5年)
- 懲戒解雇で退職金を全額不支給とされた事案で、裁判所が支払いを命じた割合(本来の退職金の3割)
- 会社が倒産したときに国が立て替える未払賃金の割合(8割、45歳以上で退職金約400万円なら上限296万円)
- 将来の退職金を財産分与の対象にするとき、現在の額に引き直す利率(法定利率の年3%)
- 2026年4月から延びた財産分与を請求できる期間(離婚から2年→5年)
退職金に関する法律上のルール
退職金の支払いは法律上の義務ではない
労働基準法には退職金の定義がなく、会社に退職金制度を設けることを義務づける法律もありません。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」では、退職給付(一時金・年金)制度がある企業は74.9%で、約4社に1社には制度がありません。
一方で、会社が退職金制度を設ける場合は、適用される労働者の範囲、退職金の決定・計算・支払方法、支払時期を就業規則に記載しなければなりません(労働基準法89条3号の2)。就業規則や労働契約で支給条件が明確に定められていれば、退職金は賃金の後払いとして扱われ、会社は定めのとおりに支払う義務を負います。
退職金制度の種類や一般的な計算方法は「退職金とは?制度の種類・計算方法・税金をわかりやすく解説」で解説しています。
就業規則で決まる3つのルール
就業規則(退職金規程)には、一般的に次の3つが定められています。厚生労働省のモデル就業規則にも同じ項目があります。
| 項目 | 一般的な定め方 |
|---|---|
| 支給要件 | 一定の勤続年数(例:3年以上)を満たした人に支給する |
| 支給額の計算方法 | 退職時の基本給×勤続年数に応じた支給率、またはポイント単価×累積ポイント。自己都合退職は会社都合・定年退職より低い支給率になることが多い |
| 支払方法と支払時期 | 就業規則で定めた日に支払う。定めがない場合は、労働者の請求から7日以内に支払う(労働基準法23条1項) |
退職金を請求できる期間は、支払日から5年です(労働基準法115条)。5年を過ぎると時効で請求できなくなってしまうため、未払いがある場合は早めに請求してください。支払日の決まり方は「退職金はいつ振り込まれる?支払時期・受け取り方法・税金の注意点を解説」で詳しく解説しています。
退職金がもつ3つの性格
退職金の法的な性格も法律には定めがなく、判例や学説では次の3つをあわせもつと考えられています。トラブルの裁判では、この性格をもとに支給の可否や金額が判断されます。
| 性格 | 内容 | トラブルへの影響 |
|---|---|---|
| 賃金後払的性格 | 在職中の労働の対価を退職時にまとめて支払う | 賃金と同じく全額払いの原則が適用される |
| 功労報償的性格 | 長年の勤務による会社への貢献に報いる | 懲戒解雇などで減額・不支給にできるかの判断基準になる |
| 生活保障的性格 | 退職後の生活を支える | 全額不支給を認めるかどうかの判断で考慮される |
会社は退職金から貸付金などを勝手に差し引けない
会社からの借入金や未払いの社会保険料が残ったまま退職する場合でも、会社が一方的に退職金と相殺することはできません。支給条件が定められた退職金は賃金にあたり、賃金は全額を支払わなければならないためです(労働基準法24条1項)。
例外は、賃金からの控除について労使協定を結んでいる場合と、労働者が自由な意思で相殺に同意したと認められる合理的な理由が客観的にある場合です(日新製鋼事件・最判平成2年11月26日)。
死亡退職金は受取人の固有財産になる
在職中に従業員が亡くなった場合に死亡退職金を支払う定めを置く会社は少なくありません。就業規則で受取人が決められていれば、死亡退職金は受取人の固有の財産になります。受取人の定めがない場合は相続財産として扱われ、遺言や遺産分割協議で分けることになります。
事例1:就業規則に定めのない退職金
Aさんは入社時に「退職金はない」と説明を受けました。ところが入社後、一部の退職者には退職金が支払われていることがわかりました。就業規則に退職金の定めはなく、社長の判断で支給の有無と金額を決めているようです。Aさんは退職時に退職金を請求できるのでしょうか。
原則は請求できないが、労使慣行があれば請求できる
就業規則(退職金規程を含む)は会社と従業員の労働契約の内容になります。就業規則に退職金の定めがなければ、会社に退職金の支払義務は生じないため、原則として請求はできません。
ただし、明文の定めがなくても、会社が長年にわたって同じ扱いを続けている場合は、労使慣行として法的な拘束力が認められることがあります。裁判例(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・大阪高判平成5年6月25日など)では、労使慣行が成立するには次の3つの要件が必要とされています。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①反復継続 | 同じ取り扱いが長期間にわたって繰り返されている |
| ②異議がない | 労使のどちらも、その取り扱いに明示的に異議を述べていない |
| ③規範としての認識 | 労使双方、特に会社側で決定権や裁量をもつ人が、その取り扱いを守るべきルールとして認識している |
Aさんのケースは社長がその都度判断しているため、特に③を満たすのは難しいと考えられます。一方、退職金規程はなくても支給基準や金額を定めた内規があり、長年その内規どおりに支給されてきた事案では、労使慣行の成立が認められています(キョーイクソフト事件・東京高判平成18年7月19日)。
対応法
労使慣行の成立は、退職金を請求する従業員の側が証明しなければなりません。過去の支給実績や内規の存在を一人の従業員が立証するのは難しいため、在職中に労働組合や従業員代表を通じて、退職金の支給基準を就業規則に明記するよう会社と交渉することが現実的です。
事例2:退職金制度の不利益変更
Bさんは30歳で中途入社しました。会社には退職金規程があり、60歳の定年まで勤めれば約1,200万円の退職金が見込まれていました。Bさんが55歳のとき、不況で業績が一時的に悪化し、就業規則とともに退職金制度が改定されました。新制度ではBさんの定年時の退職金は約600万円になります。
会社は希望退職を募集して定員に達しており、退職金制度を変えなくても不況は乗り切れる状況でした。改定で大きく減額されたのは50〜55歳の世代で、40歳未満は増額になる場合があり、56歳以上の減額幅は小さく抑えられていました。Bさんは改定前の制度で退職金を請求できるのでしょうか。
改定前の制度での請求が認められる可能性が高い
入社後に退職金を減額・廃止することは、成立済みの労働契約の内容を従業員に不利益に変える行為です。こうした不利益変更は、従業員の合意がなければ原則としてできません(労働契約法9条)。
例外として、変更後の就業規則を従業員に周知し、かつ変更に合理性がある場合に限り、会社は就業規則の変更で労働条件を変えられます(労働契約法10条)。最高裁は、賃金や退職金のような重要な労働条件の不利益変更については、高度の必要性に基づいた合理的な内容であることが必要だと判示しています(第四銀行事件・最判平成9年2月28日)。合理性は次の事情を総合して判断されます。
| 判断要素 | Bさんのケース |
|---|---|
| 労働者の受ける不利益の程度 | 約1,200万円から約600万円へ半減しており、不利益は大きい |
| 労働条件を変更する必要性 | 希望退職で不況を乗り切れており、退職金を下げる必要性は低い |
| 変更後の内容の相当性 | 特定の世代だけ大きく減り、若い世代は増えるため、相当性に疑問がある |
| 労働組合等との交渉の状況 | 不明 |
Bさんのケースでは、少なくとも3つの要素で合理性に疑問があります。一部の世代に負担が集中する退職金の切り下げについて、裁判所は合理性を認めない傾向にあります。
対応法
不利益変更が合理的であることは、会社側が根拠を示して説明する必要があります。労働組合や従業員代表を通じて会社から変更の理由を聞き、一方的な変更が許される場合にあたるかを確認してください。
退職一時金を企業年金に切り替える場合や、すでに受給中の退職年金を減額・廃止する場合も、同じく不利益変更の問題になります。受給中の元従業員への減額について、裁判例は厳格に判断しており、関係者との十分な協議や代償措置、段階的な減額といった不利益を和らげる措置が求められます。
事例3:懲戒解雇と退職金の不支給・減額
勤続13年のCさんは、私生活上の不倫が会社に知られ、ファミリー層を顧客とする会社は事態を重く見てCさんを懲戒解雇しました。退職金規程に「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」と定められていたため、本来200万円の退職金は不支給とされました。Cさんは退職金を受け取れないのでしょうか。
減額される可能性はあるが、支払われる可能性が高い
まず懲戒解雇そのものが有効かが問題になります。不倫は私生活上の行為であり、職場環境の悪化や取引先からの苦情など、会社に具体的な影響が出ていなければ懲戒処分はできません。懲戒解雇は最も重い処分のため、事情によっては解雇自体を無効として争えます。
懲戒解雇が有効でも、退職金をどこまで減らせるかは別に判断されます。減額・不支給には就業規則などの根拠規定が必要で、規定があっても、それまでの勤続の功労を失わせるほどの著しい背信行為がなければ全額不支給は認められません。
鉄道会社の従業員が私生活上の痴漢行為で罰金刑を受け、懲戒解雇・退職金全額不支給とされた事案では、裁判所は懲戒解雇を有効としつつ、本来の退職金の3割を支払うよう命じました(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日)。Cさんも、過去の功労と行為の内容によっては一部が支払われる可能性があります。
対応法
退職金規程には「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない。ただし情状により一部を支給することがある」といった定めがよく見られますが、懲戒解雇がそのまま退職金ゼロを意味するわけではありません。懲戒解雇や退職金の不支給を告げられたら、弁護士に事実をありのまま伝え、処分と不支給が妥当かを検討してもらってください。
事例4:会社の倒産と退職金
Dさんは退職金制度のある会社に20年勤めています。ある日、会社から「破産を申し立てるため、従業員は明日付で解雇する」と告げられました。Dさんの退職金は約400万円になる計算です。Dさんは退職金を受け取れるのでしょうか。
外部の制度と会社の資産状況によって変わる
倒産時に退職金を受け取れるかどうかは、退職金の積み立て方と会社に残っている資産で決まります。
| 状況 | 受け取れる退職金 |
|---|---|
| 中小企業退職金共済(中退共)に加入している | 会社の外で積み立てられているため、倒産に関係なく所定の退職金が支払われる |
| 未払賃金立替払制度を利用できる | 未払賃金(退職金を含む)の8割を、年齢別の上限まで国が立て替えて支払う |
| 会社が法律上の破産手続きをとっている | 立替払でまかなえない分は破産手続きで優先的に配当される。ただし会社の資産次第で、全額の回収は難しいことが多い |
| 中退共に加入しておらず立替払も利用できず、会社に資産も残っていない | 退職金は支払われない |
中退共の仕組みと支給額は「中退共の退職金はいくら?平均132.1万円・金額表と計算方法」で解説しています。
未払賃金立替払制度は、独立行政法人労働者健康安全機構が運営しています。1年以上事業を行っていた会社が倒産(法律上の倒産のほか、中小企業の事実上の倒産を含む)し、破産等の申立日または労働基準監督署への認定申請日の6か月前の日から2年の間に退職した人が対象です。立替払の上限は退職時の年齢で次のとおり決まっています。
| 退職時の年齢 | 未払賃金総額の限度額 | 立替払の上限額 |
|---|---|---|
| 45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
| 30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
| 30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
※未払賃金の総額が2万円未満の場合は対象外
Dさんが退職時に45歳以上であれば、退職金約400万円のうち370万円が限度額となり、その8割の296万円が立替払の上限になります。
対応法
まず、勤務先の退職金が中退共を利用しているかを確認してください。法律上の倒産手続きでは破産管財人などが必要書類の準備を手伝ってくれますが、立替払の請求は従業員自身が行う必要があります。事実上の倒産の場合、労働基準監督署への認定申請は退職日の翌日から6か月以内に行わないと、制度を利用できなくなってしまいます。
経営者が会社の財産を持ち出して所在不明になった場合でも、従業員が自力で会社の財産を持ち出して売ることは住居侵入罪などの違法行為になってしまいます。弁護士に相談し、会社や代表者個人の資産を調べて差し押さえる方法を検討してください。
事例5:離婚時の財産分与と退職金
Eさん夫婦は離婚を決めました。夫は6年後に定年退職を迎え、約3,000万円の退職金が見込まれています。勤続37年のうち婚姻期間は28年、そのうち直近3年は別居しています。まだ受け取っていない退職金も、財産分与の対象になるのでしょうか。
受け取れる見込みが高ければ財産分与の対象になる
財産分与の対象は、名義にかかわらず、婚姻中に夫婦が協力して築いた財産です。退職金は賃金の後払いの性格をもつため、離婚前にすでに支払われていれば当然に対象になります。
将来の退職金は、支給が近く確実に見込まれるか(蓋然性)を中心に判断されます。退職まで20年以上あるような場合は、病気や会社の業績で受け取れる額が変わる可能性が高く、一般に対象にならないとされています。判断では、退職時期の具体性、退職金規程の有無、勤務先の経営の安定性、支給見込み額を計算できるかなどが考慮されます。
6年後の退職金を財産分与の対象とした裁判例(東京地判平成11年9月3日)では、将来の退職金は「受け取れる蓋然性が高い場合には、婚姻期間に対応する分を算出し、現在の額に引き直したうえで」対象になるとされました。Eさんのケースに当てはめると、次のように計算します。
| 手順 | 計算 | 金額・割合 |
|---|---|---|
| ①婚姻期間に対応する割合 | (婚姻期間28年-別居期間3年)÷勤続期間37年 | 約0.676 |
| ②現在の額に引き直す | 3,000万円÷(1+0.03)6 | 約2,512万円 |
| ③財産分与の対象額 | ②×① | 約1,698万円 |
| ④分与額(2分の1) | ③÷2 | 約849万円 |
②の引き直しでは、将来受け取る額から運用益にあたる分を差し引く「ライプニッツ方式」が使われ、利率は民法の法定利率(年3%)を用いるのが一般的です。法定利率は2020年4月の民法改正で年5%から年3%に下がり、2026年4月以降も年3%のまま据え置かれています。年5%で計算すると現在の額は約2,239万円になり、年3%の場合より約274万円少なくなってしまいます。
このほか、離婚時点で自己都合退職したと仮定して計算した退職金額を対象とし、現在の額への引き直しをしなかった審判例もあります(東京家審平成22年6月23日)。退職まで期間があり、自己都合退職も十分ありうる場合に用いられる考え方です。
対応法
財産分与の協議では、まず将来の退職金が対象になるかを検討し、対象になりそうなら勤務先の退職金規程や給与明細から概算額を把握してください。そのうえで、別居期間を踏まえた婚姻期間の割合と、現在の額への引き直しをするかどうかを確認します。
2026年4月1日施行の改正民法により、家庭裁判所に財産分与を請求できる期間は離婚から2年から5年に延び、婚姻中の財産の取得・維持への寄与の割合は原則として2分の1ずつとされました。2026年3月31日以前に離婚した場合は、従来どおり2年が期限です。
退職金トラブルを防ぐために退職前に確認すること
「もらえると思っていた退職金が出ない」「金額が大幅に少ない」といったトラブルを防ぐには、退職前に就業規則で次の点を確認しておくことが大切です。
| 確認すること | 確認する資料 |
|---|---|
| 退職金制度があるか | 就業規則・退職金規程 |
| 自分の雇用形態(正社員・契約社員・パート)が支給対象か | 退職金規程・労働契約書 |
| 勤続年数や退職理由で減額・不支給になる条件 | 退職金規程 |
| 中退共や企業年金など外部の制度を利用しているか | 退職金規程・人事担当への確認 |
| 早期退職や退職勧奨の場合の上乗せ条件 | 募集要項・会社からの提示書面 |
| 支払時期 | 退職金規程 |
就業規則は最新版を手元に用意しておき、トラブルが起きたときは就業規則や労働契約書を持って、労働基準監督署の総合労働相談コーナーや弁護士に相談してください。自己都合で退職する場合の注意点は「【弁護士監修】自己都合退職を選択するとき」で解説しています。
出典

