【弁護士監修】自己都合退職を選択するとき

この記事で解決できるお悩み
  • 退職金のことを考えると転職するのが本当に有利だろうか
  • 自己都合退職の際に、退職金はどのくらい受け取ることができるだろうか
  • 転職の際に退職金で留意するポイントを知りたい

報道では転職を機に給料が増えている人の割合が8四半期連続で過去最高を更新しているようだ(日経新聞2023年8月3日朝刊)。

しかし、転職イコール現在の勤務先の自己都合退職なので、不利になる点についても留意が必要だ。

この記事では自己都合退職するときのポイントについて説明する。

目次

退職給付制度について

転職の際、退職金を考慮するのは非常に重要だ。転職の理由の一つは、処遇の改善だからだ。退職一時金と退職年金をあわせて退職給付制度と呼ぶ。直近の2018年の厚生労働省の調査では全企業の80%以上が退職給付制度を取り入れている。

ところで退職給付制度を導入するかどうか、実際にどのような制度を設計するかについては、法令上の規制はなく、会社の自由となっている。ただし一旦導入した場合、就業規則の一部となり、導入した後に従業員に不利益に変更するには、非常に困難となる(労働契約法9条参照)

それでも会社が進んで退職給付制度を導入するのは、優秀な人材を確保してできるだけ長く勤務してほしい点にある。

退職金制度の種類と各制度の特徴

退職金制度には、企業が従業員の退職後の生活を支援するために設けるさまざまな形態がある。

主な制度として、「退職一時金制度」「企業年金制度」「前払退職金制度」が挙げられる。これらの制度は、支給方法や資金の積立方法、税制上の取り扱いなどに違いがあり、企業や従業員のニーズに応じて選択されている。

退職一時金制度

退職一時金制度は、従業員が退職する際に、企業が一括して退職金を支払う制度だ。

企業が内部で資金を積み立てる「社内準備型」や、外部機関に積立を委託する「中小企業退職金共済制度(中退共)」などがある。

この制度のメリットは、従業員が退職時にまとまった資金を受け取れる点であり、自由に資金を活用できる。

一方で、企業にとっては退職時に大きな資金負担が発生する可能性があるため、計画的な資金管理が求められます。

企業年金制度

企業年金制度は、退職後に年金形式で退職金を支給する制度で、主に「確定給付企業年金(DB)」と「確定拠出年金(DC)」の2種類がある。

DBは、企業があらかじめ定めた給付額を支給するもので、運用リスクは企業が負担する。

一方、DCは、企業が拠出した掛金を従業員が運用し、その成果に応じて給付額が決まるため、運用リスクは従業員が負担する。

企業年金制度は、従業員にとって安定した老後資金の確保が期待できる一方、制度の設計や運用には専門的な知識と管理が必要だ。

前払退職金制度

前払退職金制度は、従業員が在職中に退職金相当額を分割して受け取る制度だ。

この制度では、退職金が給与や賞与に上乗せされて支給されるため、従業員は早期に資金を受け取ることができる。

企業にとっては、退職時の大きな資金負担を軽減できるメリットがあるが、従業員の早期離職を促す可能性や、社会保険料の負担増加といったデメリットも考慮する必要がある。

これらの制度の違いを知っておくことで、将来のライフプランをより現実的に描くことができる。

「退職時にいくらもらえるのか」ではなく、「どう受け取るか、いつ受け取るか」まで含めて考えることで、退職後の安心感は大きく変わってくる。転職や退職を検討する際には、ぜひ自分の会社の退職金制度を一度確認してみよう。

終身雇用制について

退職給付制度との関係で理解しておくべきものとして、定年までの終身雇用制がある。定年の年齢は主に公的年金の支給開始年齢の引き上げ等の事情によって、法律で会社に義務づけられたものだ。

1986年までは55歳定年が一般だったが、1994年には60歳定年が義務化された。さらに2012年には希望者全員を65歳まで継続雇用(65歳までの定年延長を含む)の対象とすることが義務付けられ、現在の定年は60歳又は65歳となっている。

さらに70歳までの定年延長を含む継続雇用が努力義務化されている。

自己都合退職と退職金

自己都合退職と退職金 退職金ナビコラム

退職一時金

退職一時金の計算式は様々だ。安定的なビジネスの拡大が予測できた時代には、終身雇用制が、会社にも従業員にもメリットがあった。終身雇用を促すため、以下のように勤続年数に応じた年功的な賃金と組み合わせ、退職一時金の額が計算される例がある(最終給与比例制)。

【最終給与比例制】

退職一時金の額=退職時の基本給×勤続年数

この計算方式では、転職すると、勤続年数が伸びないので、生涯賃金の点では不利となる。

現在、終身雇用制は崩れつつあり、定年までに半数の社員が転職するのが実態だ。企業は中途採用者に門戸を開いている。これに応じて、従来ほど長期の勤務関係を重視しない計算方式が生まれている。

例えば大企業では、ポイント制が導入される例が大半だ。これは職務資格や役職のポイント、各期の業績評価に応じたポイントが毎年付与されるものだ。重要な役職に就いていれば、勤続年数が短い中途採用者や離職者であっても相応の退職一時金を得ることができる。このほか、賃金と切り離した別テーブル制や、定額方式もある。

退職給付制度は、離職を防止するためにあるので、自己都合退職の場合には、会社都合退職(典型的には定年退職)に較べて、退職一時金の支給率は50%程度となることが多い。また勤続3年程度では全く支給されないこともある。

他方55歳以上の定年延長は会社が望んだものではなく、義務付けされたものなので、おおむね55歳から60歳以降は、退職一時金は固定化され、または、増加率は減少する。

なお、毎月の給与を厚くしたり、将来の公開企業を目指す企業ではストックオプションを導入することで、そもそも退職給付制度を導入しない企業もある。

自己都合退職でも退職金はもらえる?相場と支給条件を解説

「自己都合で退職したら退職金がもらえないのでは……?」と不安に感じる方も多いかもしれない。

実際、多くの企業では自己都合退職の場合、退職金が満額支給されないことが一般的だ。また、制度自体が存在しない企業もあるため、まずはご自身の会社の就業規則や退職金規程を確認することが重要だ。

自己都合退職で退職金を受け取るためには、「勤続3年以上」などの一定条件を満たす必要があるケースが多く、特に勤続3年未満では支給されないこともある。こうした条件は企業ごとに異なり、支給の有無や金額、計算方法も多様だ。

実際の支給額については、例えば大企業では勤続10年で約190万円、30年で1,700万円超、一方で中小企業では勤続10年で約120万円、30年でも700万円前後となっている。企業規模や勤続年数によって大きな差があることが分かる。

こうした違いが生まれる背景には、退職金制度の設計や計算方式の違いがある。自己都合退職で損をしないためには、「退職金制度があるのか」「いつから、どれくらいもらえるのか」を事前に確認しておくことが大切だ。

退職年金

退職年金のうち、企業年金について概要をみよう。いわゆる給与所得者の年金の3階の部分だ。

企業年金には、その企業独自の自社年金の他、厚生年金保険法を根拠法とする厚生年金基金、確定給付型企業年金(DB:Defined Benefit Pension Plan)、確定拠出型企業年金(DC:Defined Contribution Pension Plan)がある。

現在の主流はDB及びDCだ。DBは、多くの場合、年金受給の条件として、加入期間が20-25年以上あること、50歳以上まで加入していること等の条件が付されているようだ。受給条件を満たせば、転職後も旧勤務先から年金受給を受けることができるが、そうでない場合、退職時に一時金で受給する。

DCは、年金資産が各個人別に設定されている。そのため、転職時に旧勤務先から移管でき(ポータビリティ制)、転職に中立的な制度といえる。

転職先がDCを導入している場合はもちろん、転職先がDBの場合でも、そのDB型の規約により移管できる場合がある。もっとも予定利率が低ければ、個人型DC(iDeCo)に移管したほうが良いかもしれない。

転職では

自己都合退職と転職のリスク:制度による不利益の差

自己都合退職は、特に55歳未満の転職において、退職金制度の観点から不利になりやすいといわれている。

その主な理由は、多くの企業で退職金の制度が「定年退職」や「長期勤続」を前提に設計されており、自己都合での早期退職では退職金が満額支給されない、あるいは支給そのものが行われないケースもあるためだ。

中でも、退職金が「最終給与比例制(退職時の給与額×勤続年数)」で算出される企業に在籍している場合、転職により勤続年数がリセットされてしまい、将来的な昇給分が退職金に反映されないため、逸失利益が大きくなる。

反対に、ポイント制(勤続年数や等級に応じて加算)を採用している企業間での転職であれば、比較的損失を抑えることが可能だ。

転職に有利な退職金制度:前払いとDC制度の活用

転職を前提に退職金制度を見直すなら、前払い退職金や確定拠出年金(DC)の活用も有効な選択肢になる。

前払い退職金制度では、在職中に退職金相当額が月々の給与に上乗せされて支給されるため、退職時に「支給なし」となるリスクを回避できる。

ただし、通常の給与として課税・保険料負担の対象になるため、手取りは減る可能性がある。

一方、DC制度がある企業では、前払い退職金をDCに拠出することで課税を繰り延べでき、転職後も同様の制度があれば資産を移管することも可能だ。

特に将来的な転職を複数回想定している人にとっては、ポータビリティのある制度を活用することが、長期的に退職給付を維持する鍵となる。

退職金制度を細かく確認しよう

退職を検討する段階では、まず自社の退職金制度を正確に把握することが不可欠だ。

就業規則や退職金規程に加え、給与明細に記載された「累積ポイント」や制度概要資料も確認しよう。

また、制度が過去に改定されている場合、古い制度と新制度が混在する「接ぎ木型」の設計になっている可能性があり、その影響で実際の支給額が予想と異なることもある。

さらに転職先の退職給付制度についても、内定直前のタイミングで「退職金制度の有無」「企業年金の形式」「勤続年数に応じた支給条件」などを確認することが理想だ。

退職金は老後資金の中核を成す重要な資産だ。制度を知らないことで将来的な損失を招くことがないよう、今の職場と転職先の両方の制度を十分に理解し、自分にとって納得のいく選択をしよう。

退職前に確認するべきこと

退職金は、退職後の生活設計や再スタートを支える大切な資金だ。しかしその金額や支給条件は、企業ごとに大きく異なる。

まずは自分の会社に退職金制度があるかどうか、ある場合は「退職一時金」「企業年金」「前払い型」のいずれかを確認しよう。支給条件には勤続年数や退職理由が関わるため、就業規則や退職金規程を読み、制度の内容を正確に把握することが重要だ。

また、転職を考えている場合は、次の勤務先にも退職金制度があるかを確認するのがおすすめだ。採用面接で直接聞きづらい場合も、制度の有無や概要だけでも確認しておくと安心だ。

もし不明点がある場合は、中小企業退職金共済(中退共)、労働基準監督署、ハローワークといった公的な相談窓口も利用できる。退職金に関する情報を正しく整理し、自分にとって最適な退職とキャリアの選択につなげていこう。

執筆者

宮塚 久 

弁護士 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業

訴訟・争訟事件の法廷対応を中心に、会社法、租税法、家族法、労働法、事業再生/承継などの法分野についてリーガル・アドバイスを提供しており、様々な法分野が交錯するウェルス・マネジメント事案においても、できるだけワンストップで解決策をご提案できるよう努めております。

加地 弘典 

弁護士 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業

大手銀行にて機関投資家向けに仕組債等の開発、販売を担当した後、外資系金融機関にて外貨建年金・変額保険の開発、投資信託の選定、営業職員研修、顧客対応に従事。金融商品開発の経験を生かして、資産運用のお手伝いをします。

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