- 将来支給される退職金も、離婚の際の財産分与の対象になるだろうか
- 将来の退職金が財産分与の対象となったとき、いくら請求される(請求できる)のだろうか
- 財産分与の協議の際に、気を付けるポイントを知りたい
離婚は夫婦が合意すれば成立する。子供が成長している場合、極論してしまうと、離婚自体は離婚届に署名してハンコを押すことで成立する。
しかし夫婦間では様々な財産があり、なかでも退職金は大きな財産となる。
この記事では離婚の際の財産分与と退職金について説明していく。
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財産分与について
財産分与の対象・方法
財産分与の対象は夫婦の共有財産である。それは婚姻後、夫婦関係にあった期間中に築き上げた財産すべてに及ぶ。これには、土地建物、自動車、預貯金、年金等が含まれ、名義は問わない。
また財産分与では、夫婦の財産の形成にはそれぞれの貢献があったとみなして、その清算を行う。特段の事情がなければ、清算は、夫婦共有財産すべてを二分の一で分割する(二分の一ルール)。
特段の事情とは、夫婦の一方が芸術家、発明家、高額の報酬を得る金融ディーラーだった場合等、他方の協力なしに自己の才能によって財産を形成した等の特別の事情であり、通常のケースでは、それほど問題になることはない、と思われる。
退職金は?
退職金については、財産分与の対象となるか否かについて、議論がされてきた。
離婚前に既に退職金が支給されていれば、当然に夫婦共有財産となる。それでは将来支給される予定の退職金はどうであろうか。
財産分与の対象となるか否かが議論されてきたのは、将来退職金が支給されるかどうかや支給額を財産分与時点で確実に予測することが困難である事情による。また、退職金について、夫婦の貢献をどのように評価するか、という問題もある。
遠い将来に支給される退職金
退職金が支給される見込みだとしても、例えば20年以上も先の将来のことであれば、夫婦の共有財産にはならず、財産分与の対象にはならない、と一般的にいわれている(秋武憲一『離婚調停』(第4版、2021年)316頁)。
その根拠としては、退職金受給予定者が事故に遭ったり、病気になって働けなくなるということもありうるし、退職金受給予定者が働けるとしても、会社の業績が変動してしまい、受給できる退職金の額が不確実となる事情があるためだ。
近い将来に支給される退職金
では、近い将来に支給される退職金はどうであろうか。
以下のような事例をもとに、退職金の財産分与を考えてみたい。
退職金支給時期:2029年(6年後)
退職金支給見込額:3,000万円
退職金支給時までの勤続期間:37年(1992年-2029年)
婚姻期間:28年(1995年-2023年)
別居期間:3年(2020年-2023年)
ある裁判例では…
近い将来の退職金を財産分与の対象とした裁判例を紹介しよう(東京地判平成11年9月3日)。
この裁判例では、将来支給される退職金につき、①「受け取れる蓋然性が高い場合には」、②「夫婦の婚姻期間に対応する分を算出し」、③「現在の額に引き直したうえ」、財産分与の対象になるとした。
この裁判例の説いた三つのポイントに沿って説明しよう。
①「受け取れる蓋然性が高い場合」とは
この裁判例では、6年後に支払われる退職金が分与の対象とされた。ただし「6年」は絶対的基準ではない。
退職までの年数に加え、企業の規模や性質、経営状況や勤続年数等の諸事情が総合考慮され、結果的にこの事案では将来の退職金も分与の対象にされたと思われる。
②「夫婦の婚姻期間に対応する分」とは
この裁判例では、退職金についての「夫婦の婚姻期間に対応する分」につき、退職金は勤務の全期間で発生するものの、婚姻前や別居期間は夫婦の協力はないと考えてその期間を差し引く、という処理をした。
(婚姻期間対応分)=(婚姻期間ー別居期間)/(勤続期間)
本事例に即して計算すると
(婚姻期間対応分)=(28年ー3年)/(37年)=0.676
仮に3,000万円の退職金が既に支払われたとすれば、3,000万円×0.676≒2,030万円が夫婦共有財産として財産分与の対象となる。
③「現在の額に引き直したうえ」とは
現在の額に引き直すことについては、さまざまな考え方がある。
一つは、現在の額に引き直しをしないで、その将来の支給時に財産分与する方法だ。近いうちに支給される場合や、退職金の額が大きく実際に金銭として支払いを受けないと資力が足りずに清算できない場合に、考えられる方法である。
しかし、一般的な財産分与の場面では、将来支給されるときに分与するというような不確実な方法を避け、即時支払いが求められるようになることが多いように思われる。
そこで、将来の受取額を現在の額に引き直すことで、公平な分配を図ることが試みられる(民法417条の2第1項参照)。
そして、この裁判例ではライプニッツ法といわれる計算方法が用いられた。
ライプニッツ法によると、仮に6年後に、3,000万円の退職金の支給が予測できる場合、
(現在の額)(1+x)6=30,000,000円 (a)
となるように、すなわち
(現在の額)=30,000,000円/(1+x)6 (b)
と計算する。つまり、一定の金利(xパーセント)で6年間複利運用した結果が6年後の3,000万円になると考え(式(a))、その一定の金利で、現在の額に引き直した額を現時点の支払額とする(式(b))。
そして、ライプニッツ法において、問題となるのは、その金利である。金利が高ければ高いほど、運用額を多く見積もるので、いわば元本見合いの「現在の額」は、小さくなっていくのである。
実務上は、民法の法定利率(民法404条)を用いることが多い。それが法改正により、2020年4月以降変更され、現在は、年3%となっている。上記裁判例当時、法定利率は年率5%だったので、「6年後の3,000万円」に等しい「現在の額」は2,238万6,462円であった。
しかし、現在の年3%で引き直した「現在の額」は2,512万4,528円となり、改正前に較べて、273万円以上も差額が生じる結果となる。このように、金利がどのくらいになるかは、退職金の財産分与額に大きく影響することになる。
そして、この事例では、婚姻期間対応分は0.677であるため、「現在の額」2,512万4,528円に0.677を掛けて二分の一にした約850万円が退職金の財産分与額として即時に支払われることになる。
他の考え方による方法
では他の方法は考えられないだろうか。上記裁判例と異なり、離婚時点で「自己都合退職」したと仮定して、その自己都合退職金を基準にして財産分与の対象額とし、現在価値への引き直し計算をしなかった、という審判例もある(東京家審平成22年6月23日)。
退職金受給予定者が、この方法に基づいて財産分与につき合意に至るには、勤務先の状況やキャリアプラン等からみて、将来に不確定な要素が多く、自己都合退職も十分ありうることを主張することになろう。
最後に
このように退職金の財産分与には様々な方法があり、また、個別の事案に応じて、財産分与の方法も多種多様になりがちである。
離婚を決意した夫婦が財産分与の協議を進めるにあたっては、まずは、将来の退職金が財産分与の対象となるのか否かについて、検討する必要がある。
そのうえで、将来の退職金であっても財産分与の対象となる可能性が高いと判断される場合には、退職金の概算支給額を把握することがスタートラインになるであろう。会社の退職金規程や給与等の資料を用意し、これらの情報に基づき概算額を計算しておく必要がある。
そのうえで、⑴夫婦の別居期間を踏まえて、婚姻期間対応分を慎重に見極め、⑵将来の退職金の現在価値への引き直しをすべきか否か、引き直しをした場合には、「現在の額」がいくらになるかを、検討しておくことが肝要である。
現実化していない将来の退職金は忘れがちかもしれないが、夫婦の財産として、大きな割合を占める財産となるので、財産分与の協議の際には注意が必要だ。
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